ケリー・ライカート監督が自ら脚本も手掛け、独自のミニマリズムと鋭い批評性で新境地を開いた意欲作が本作『The Mastermind』です。本作は、従来の華やかなケイパームービー(犯罪映画)の様式をあえて解体し、時代の潮流に取り残された人間の滑稽さと悲哀をあぶり出す異色の「アート強盗映画」に仕上がっています。キャスト陣には、どこか掴みどころのない空虚な男を完璧に体現したジョシュ・オコナーをはじめ、アラナ・ハイム、ジョン・マガロ、ギャビー・ホフマン、ビル・キャンプといった実力派が結集しました。クリストファー・ブラウヴェルトによる美しい撮影が、1970年代のアメリカの空気感をヴィンテージな映像美で捉え、カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品されるなど、国内外の批評家から熱狂的な支持を集めています。
舞台はベトナム戦争の反対運動が激化する1970年、マサチューセッツ州の静かな地方都市。主人公のジェームズ・B・ムーニー、通称「JB」は、家族を持ちながらも失業中の孤独な大工です。彼は自分の内なる空虚さを埋めるかのように、地元の美術館に展示されているアメリカの抽象画家アーサー・ダヴの絵画4点を盗み出すという、人生初の無謀な美術品強盗計画を企てます。JBは、妻のテリーや二人の子供たちを連れて美術館を訪れ、家族の団欒を装いながら防犯システムを綿密に観察します。しかし、彼が雇った即席の実行犯グループはプロの犯罪者とは程遠く、計画は最初から綻びを見せ始めます。逃走用の車を手配していたドライバーが直前で怖気づいて離脱し、JB自身が運転手を務める羽目になります。
美術館への侵入自体は成功したものの、実行犯たちが引き起こした予想外の暴力によって現場は混乱し、共犯者の一人がその場で警察に逮捕されてしまいます。JBは盗み出した絵画をどうにか持ち帰ることに成功しますが、計画のずさんさと予期せぬ事態への恐怖から、チームの統制は完全に崩壊します。物語の結末は、タイトルである「マスターマインド(黒幕・天才犯罪者)」という言葉への皮肉を冷徹に描き出します。JBは天才でもなければ冷徹な犯罪者でもなく、単に自分の人生の主導権を握っているという「錯覚」に囚われていただけの、どこまでも不器用で凡庸な男に過ぎませんでした。強盗が引き起こした波紋によって、冷めきっていた家族との関係は決定的に崩壊し、彼は富も名声も得られぬまま、自らが招いた取り返しのつかない現実の重みに押しつぶされます。ライカート監督らしい静謐なトーンの中で、男の虚栄心がもたらした哀れな顛末を淡々と映し出しながら、映画は深い余韻を残して幕を閉じます。
| 原題 | The Mastermind |
| 製作年度 | 2025年 |
| 製作国・地域 | アメリカ |
| 公開日 | |
| 上映時間 | 110分 |
| 監督 | ケリー・ライカート |
| 脚本 | ケリー・ライカート |
| 出演者 | ジョシュ・オコナー, アラナ・ハイム, ジョン・マガロ, ギャビー・ホフマン, ホープ・デイヴィス, ビル・キャンプ |
